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京都地方裁判所 平成4年(ワ)1648号 判決

原告

北村正治

北村登代子

北村恵美子

右三名訴訟代理人弁護士

小川達雄

岩佐英夫

久保哲夫

荒川英幸

稲村五男

杉山潔志

高山利夫

高田良爾

森川明

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

小野木等

外九名

主文

一  被告は、原告北村正治に対し、金三〇万円及びこれに対する平成四年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告北村恵美子に対し、金三〇万円及びこれに対する平成四年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告北村正治及び、同北村恵美子のその余の請求並びに原告北村登代子の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

六  被告が、原告北村正治及び同北村恵美子に対し、それぞれ金二〇万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告北村正治に対し金一〇〇万円、同北村登代子に対し金五〇万円、同北村恵美子に対し金五〇万円及びこれらに対する平成四年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  仮執行宣言あるときは、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 原告北村正治(以下「原告正治」という。)は京都市南区西九条東比永城町三六所在及び大津市唐崎三丁目一番一〇号所在の各店舗(以下それぞれ「京都店」、「唐崎店」という。)において衣料品店を営む者である。

原告北村登代子(以下「原告登代子」という。)は同正治の妻、原告北村恵美子(以下「原告恵美子」という。)は同正治の母であって、右衣料品店の業務に従事している。

京都店は、二階建建物の一階にある店舗であり、原告正治の長姉である北村日出子(以下「訴外日出子」という。)、同次姉である南谷泰子(以下「訴外泰子」という。)及び他の二人のパート従業員が衣料品の販売業務に従事している。この建物の二階は原告恵美子及び訴外日出子の居室及び寝室となっている。

唐崎店は、スーパーマーケットである「シーダー21」の一階の一画を占める店舗であり、原告登代子が他の常勤従業員一人及びパート従業員三人(但し、パート従業員はひとりずつ交代勤務)とともに販売業務に従事している。

なお、原告正治と同登代子は、京都店の近くにある住所地に子と共に居住している。

(二) 沼田紳次、福田正己、竹森徹、平島芳章、福知吉伸は、平成四年三月三〇日当時、いずれも大阪国税局資料調査課に勤務する国税調査官(大蔵事務官)であり、田村誠郎、中野智之、若林功人は、右当時、下京税務署に勤務する国税調査官であった(以下総称して「国税調査官ら」といい、個別には「沼田」「福田」という。)。

2  国税調査官らの不法行為

(一) 京都店での不法行為

(1) 沼田らの臨場

平成四年三月三〇日午後〇時四〇分ころ、沼田、福田、竹森、田村及び中野の五名(以下「沼田ら」という。)は所得税法第二三四条に基づく税務調査として京都店に臨場した。事前の連絡は一切なく突然の臨場であった。

(2) 沼田らが無断で二階に侵入するまでの状況

沼田らが臨場した際、原告正治は、仕入業務のため外出して留守であったので、応対に出た訴外日出子は沼田らに対し、店主が留守であるので別の日にしてほしい旨繰り返し述べたが、沼田らはそれにかまわず店の中央まで進み、「ご主人はどこへ行った。」、「店は何軒か。」「従業員は何人か。」、「外販かなにかしてるやろ。」、「あそこにいるのは誰だ。」、「二階に誰か住んでいるのか。」などと、店内に数人の客があり、一見してその客のいる状況がわかるにもかかわらず、大声を出して下品な口調で同女に質問した。

これに対して、訴外日出子は、店主である原告正治が留守であること、帳簿のことなどは自分にはわからないから別の日にしてほしいと再三述べたが、このような状態が続いて客に変な印象をあたえて信用を落とすようなことになっては取り返しがつかないことになると思い、やむなく沼田を店舗内の奥に招いて右の質問に答えた。この間、沼田の声があまりに大きく、かつ乱暴な口調であり、さらに他の四人の調査官が店内をうろうろ徘徊するような様相を呈し店内が異様な雰囲気につつまれたため、店内で商品を選んでいた数人の客はこのような状況に驚いて次々と店外へ出て行った。

沼田は京都店の二階が訴外日出子と原告恵美子の居住部分になっているとの返答を得るや「二階に上がらせろ。」と訴外日出子に迫った。同女は「自分の寝泊まりしているところまで見せんならんのですか。いやです。」と何度も言って拒否の意思を示したが、これに対して沼田は身分証明書を示しながら、「これがあれば何でもできるんや。」と申し向けて訴外日出子が断わるのを受け入れようとはしなかった。このとき、店内で大きな声がするので一階奥にある台所から店舗内に出て様子をみていた原告恵美子が、不安にかられて二階にある仏壇を拝もうと考え、店舗内奥の二階への階段下入口に設置されていたアコーディオンカーテンを開けて中へ入り、このアコーディオンカーテンを後ろ手に閉めて階段を上がって二階へ行ったところ、これを見て二階への入口場所に気付いた沼田は、訴外日出子が拒否するのを無視して右アコーディオンカーテンのところへ行き、無断で右アコーディオンカーテンを開けて靴を脱ぎ、階段を上がって二階居室に侵入した。そして、その後を追うように他の四人の調査官も無断で右入口から階段を上がって二階居室に侵入した。

なお、この間に竹森は店舗内中央のレジ横において付近に居合わせたパート従業員である上村泉(以下「上村」という。)に対して「住所と名前を言え。」と質問した。これに対して、傍にいた訴外泰子は竹森に対し、「パートやのに名前を言わんならんのですか。」と問うと、竹森は「言わへんかったらどうなるかわからん。」と答えたので、訴外泰子は、言わなければどうなるかもわからないと思い、やむをえず名前を竹森に告げた。

(3) 沼田らが侵入した後の二階の状況

二階に上がった沼田は、原告恵美子がメモらしいものを手に持っているのを認めるや、「何を持っている。隠すとためにならんぞ。」と大声でどなり、無理やり持っていたメモを取り上げた。そして、これを後ろについて来ていた他の調査官に「写せ。」と命じ、原告恵美子に対しては、「うろうろせずに座っとれ。」と命じて居室中央の座卓の前に座らせた。

さらに、沼田は他の調査官に対して「早いこと調べろ。」と命じ、三人の調査官が共同して押入れダンス、整理ダンス、洋服ダンスの引き出しを次々と開けて中の物を、子どものヘソの緒を入れた箱まで取り出し、中にあった財布、バッグ等は開けて中身を取り出した。

そうするうちに、後から上がってきていた訴外日出子が階下へ降りようとすると沼田は「どこに行くのや。」と詰問した。これに対して、訴外日出子は「店に用事があるので。」と答えて階下に降りた。

沼田らは引き出しを次々開けて中をかきまわすような行為を続けたが、そのうち原告恵美子のベッド下の引き出しを開けて中に入っていた下着類を出し始めたので、原告恵美子は「何をするんですか。なぶらんといて下さい。」と叫んでベッドの方へ動くと、竹森が「そこに座っていろ。協力しないと大変なことになるぞ。協力しないとどうなるか。」と怒鳴り、原告恵美子をベッドの端に座らせて、同女の下着類、バッグ、財布等を中から出し続けた。

これら沼田らの行為は、誰のいかなる承諾もなく、あたかも強制調査であってこれに反対するとどのような目にあうかも知れないと原告恵美子らに思わせる状況の中で続けられた。

(4) 沼田らが二階に侵入した後の一階店舗内における状況

沼田ら調査官が全員二階へ侵入した後、一階店舗内には訴外泰子と二名の従業員が居たが、しばらくして竹森が二階から降りてきて何も言わずに無断で店舗内中央にあるレジ台の机の下の棚を調べ、机の引き出しを出してレジの横におき、パート従業員上村に命じて一緒にレジ在中の金銭を数えた。そして、金銭を数えた後、レジ横に置いた引き出しを二階に持って上がって行った。

右の行為については、誰のいかなる承諾もなしに行った。

(5) 民商事務局員が駆けつけた後の状況

一階に調査官がいなくなったので、訴外泰子は外に出て京都府南民主商工会に電話連絡し、右電話連絡を受けた同会事務局員の呉屋宏(以下「呉屋」という。)は、京都店に駆けつけて、沼田らの行為に対して激しく抗議したが、最初沼田は意に解さぬようであり、調査を継続した。しかし、同会相談役田中年貞以下同会会員四名が来場するに至り、ようやく沼田らは、同日午後一時四五分ころ、京都店から退出した。

(二) 唐崎店での不法行為

(1) 京都店と同じく平成四年三月三〇日午後一時ころ、平島、福知及び若林の三名(以下「平島ら」という。)が唐崎店に臨場したが、事前の連絡はなく、突然の臨場であった。

(2) 応対に出た原告登代子が「主人は仕入れに出ており、おりません。」と答えると、平島は「今日は税金の調査に来ました。調べさせていただきます。」と言って身分証明書を見せ、レジの引き出しの中を調べ始め、ゴミ箱の中まで調べ始めた。これに対し、原告登代子は「やめて下さい。」と何度も頼んだが、平島に身分証明書を見せられて「これがあれば何でもできる。協力しないともっとすごい事になる。協力したほうが身のためだぞ。」と言われ、協力しないと犯罪のようになるのかと思い、言われるままにせざるをえなかった。そして、「レジペーパーと店の売上が合っているかどうかを調べたい。昨日の売上は。」と聞かれ、保存用のレシートを見せた。

(3) 午後一時二〇分ころ、パート従業員である寺本久美子(以下「訴外寺本」という。)が昼食から戻り、同女の私物であるバッグをレジの奥に置いた。これを見て若林は「それは誰のだ。」と詰問し、訴外寺本が「私のです。」と答えると、中を見せるよう迫った。訴外寺本は「なんで見せんならんのですか。私のだからいやです。」と繰り返し拒否したが、「なんで隠すんや。」と言って若林は強引にバッグを取って中を開け、在中物を調べた。そして中にあった手帳まで取り出して頁をめくって見始めたので、訴外寺本が「私のや。」と言って若林の手からバッグと手帳を取り返した。

(4) 訴外寺本が勤務についた後、原告登代子は平島から売上の確認方法、レジの操作などについて質問され、答えなければ犯罪になりかねないと思い、聞かれるまま答えた。そして、今日の売上はレジの点検キーを押したら判明する旨答えたところ、平島から点検キーを押せと言われた。これに対し、原告登代子は、「営業中なので客の精算ができない。」と言って拒否したが、平島から「協力できないのか。」と言って迫られ、協力しなければどうなるかもしれないと思い、点検キーを押した。そこで平島は、レジの金銭を調べた。

(5) その後、レジ奥に置いていた原告登代子のバッグに目をつけた平島は、同女に対して右カバンの中を見せろと要求した。原告登代子は「下着や生理用品が入っているからいやです。」と言って拒否したが、平島は身分証明書を見せて「これがあれば何でも調べられる。」と言って右カバンを渡すよう要求した。それで原告登代子は拒否できないものと思い、やむなく平島にカバンを渡し、同人は中を調べた。

(6) 若林は原告登代子が身分証明書を見せるよう求めたにもかかわらず、「名前を言ったからよい。」と言って身分証明書を示すことをしなかった。

(三) その他の不法行為

(1) 再三の事前通知なき訪問による営業妨害

平成四年三月三〇日の不法行為の後も、国税調査官らは、繰り返し、何の事前通知もなく、唐崎店に一〇回程度臨場し、帳簿類を見せるよう執拗に要求し続けた。また、右一〇回程度の臨場の内三回は「今日は本人が不在であるのはわかっている。」とうそぶいており、納税者本人の留守を承知で女性店員ばかりのところへ押し掛けてきた。

さらに、平成四年六月五日には、やはり原告正治不在中に唐崎店に来店し、同月一一日までに帳簿の提示がない場合には青色申告を取り消す旨の注意書を店内で、客のいる前で大声で読み上げ、守秘義務違反を犯し、客への信用を失墜させる無神経な行動を平気で行った。また、同月一六日には、「プライベートな部分も調査を進めるからそのように認識せよ。」と捨てゼリフを吐いて帰っていった。

(2) 尾行

国税調査官らは、原告正治を数回尾行した。原告正治自身が尾行されていることを明瞭に意識したのは三回であるが、そのうち二回は大阪国税局によるものであった。すなわち、一回目は、平成四年四月二七日に、平島と沼田は、原告正治が自動車で大阪へ仕入れに行くのを、京都の自宅から名神高速道路を通り大阪の問屋まで尾行した。また、二回目は、同年一一月九日に、大阪国税局資料調査第二課所得税特別調査第三班所属の真弓一二三(以下「真弓」という。)が、早朝午前七時五〇分ころ自宅を出て自動車で大阪へ仕入れに向かった原告正治を尾行した。原告正治は、大阪市内に入って赤信号停車の際などに不当な尾行をやめるように再三抗議したが、真弓は尾行を止めなかった。

3  被告の損害賠償責任

(一) 国税調査官らの本件行為の違法性

(1) 所得税法第二三四条に定める質問検査権の行使として行われる税務調査はいうまでもなく任意調査であるから、調査に応ずるかどうかは被調査者である納税者の自由な意思に委ねられなければならない。また、税務調査は被調査者の営む事業や生活に支障を及ぼし、納税者の利益を損ねる性質のものであるから、税務調査を行う職員は、被調査者の事業や生活に対する具体的な配慮を十分に払いつつ質問検査をおこなうべきものであって、そうしてなされた質問検査のみが適法な任意調査としての権限行使として許容されるべきものである。

また、国税庁編税務運営方針によれば、「税務調査は、その公益的必要性と納税者の私的利益の保護との衡量において社会通念上相当と認められる範囲で、納税者の理解と協力を得て行うものであることに照らし、一般の調査においては、事前通知の励行に務め、また、現況調査は必要最小限度にとどめ、反面調査は客観的にみてやむを得ないと認められる場合に限って行うこととする。なお、納税者との接触に当たっては、納税者に当局の考え方を的確に伝達し、無用の心理的負担をかけないようにするため、納税者に送付する文書の形式、文章等をできるだけ平易、親切なものとする」と定めているのも、同様の趣旨にでたものであることは明白である。

(2) しかるに、沼田らの本年三月三〇日における右の行為は、原告正治が不在であるのに予め計画的に原告店舗に臨場して共同して行われ、いずれも、原告らや家族らの意に反するまま、あたかも強制調査のように誤信せしめておこなったものである。

とくに、京都店二階に侵入した行為は、住居侵入罪に該当する犯罪行為であり、重大な違法行為であることは明白である。

さらに、原告恵美子らのタンスの引き出しを掻き回し、あまつさえ、同女の下着等をも掻き回した行為、原告登代子が拒むのを無視して同女の私物であるバッグの中を開けて中身を調べた行為、訴外寺本に対する同様の行為などは明白な違法行為である。犯罪捜査であっても、令状なしには居住部分への侵入や私物の検査は許容されるものではなく、いわんや任意調査たる質問調査権の行使の場合には、かかる行為はその権限に属しない違法行為であることは明白である。

レジの金銭等の調査行為も、店主が留守であるので改めて別の日にしてほしいとの家人の求めを無視して、何の承諾も得ずにおこなうことが、国税調査官の権限を濫用ないし逸脱した違法行為であることは明白である。

身分証明書の呈示を求められた若林が所得税法二三六条に反してこれを呈示しなかったのも、かかる行為の違法性の認識ゆえになしえなかったものといわざるをえない。

(二) 原告の損害

原告正治は沼田らの一連の行為によって、その名誉、信用を害され、多大な精神的苦痛を被った。これを金銭に換算することは容易ではないが、少なくとも金一〇〇万円はくだらない。

また、原告恵美子は沼田らの不法行為によりタンスの中の下着までかきまわされるという言い知れぬ屈辱を味わい、原告登代子も、バッグの中を無理矢理調べられるという屈辱をなめさせられた。かかる精神的苦痛を金銭に換算することは容易ではないが、それぞれ、少なくとも金五〇万円は下らない。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1について

請求原因1(一)のうち、京都店の二階が原告恵美子及び訴外日出子の居室及び寝室となっていること及び原告正治と同登代子が京都店の近くにある住所地に子と共に居住していることは不知。その余は認める。

同(二)は認める。

2  請求原因2(一)について

(一) 請求原因2(一)(1)及び(2)のうち、平成四年三月三〇日に、沼田、福田、竹森、田村及び中野の五名が、原告正治の所得税調査のために、同人の営む京都店に事前の連絡なしに臨場したこと(ただし、臨場したのは同日の午後〇時五五分ころである。)、その際、原告正治が不在であったため、沼田らは原告恵美子及び訴外日出子に対して質問をしたこと、沼田が訴外日出子に身分証明書を示したこと、原告恵美子が二階へ上がって行ったこと、沼田らが二階の居室に入ったこと及び竹森が従業員の上村に質問したことは認めるが、その余は否認する。

沼田は、訴外日出子に対し、身分証明書を提示して、原告正治が在宅しているかどうか尋ねたところ、原告正治が仕入れのために大阪に行っていて連絡も取れないという返答を得た。その時、原告恵美子も訴外日出子のそばにいた。沼田は、訴外日出子に従業員数、店舗数、外部販売の有無等につき質問したが、店の中で営業の支障になってはいけないと思い、「他に適当な場所はありませんか。」と申し出ると、訴外日出子は店舗の奥へ行き、沼田らを手招きした。そこで、沼田は訴外日出子から、同女が一応この店を任されていること、金銭のことは全て母(原告恵美子)に任せてあること、更に二階部分は訴外日出子の住まいであって店の営業に関するものは一切ない旨を聴取した。

ところが、その時、原告恵美子が、突然、店舗の二階に上がって行ったため、福田は二階に何かあるのではないかと判断し、「ちょっと待ってください。二階に上がらせてもらいます。」と、言いながら、原告恵美子に従って二階へ上がって行った。なお、福田が二階にあがろうとした際、訴外日出子も原告恵美子もこれを制止しようとはしなかった。

(二) 同(3)及び(4)のうち、原告恵美子がメモらしいものを手に持っていたこと、沼田らがタンスやベッドの下の引出しの中の検査を行ったこと、訴外日出子が階下に降りたこと及び訴外竹森がベッドの下の引出しの中からバッグ及び財布を出したことは認めるが、訴外泰子が京都府南民主商工会に電話したことは不知。その余は、否認する。

原告恵美子は、二階の一室で、メモのようなものを隠そうとしていた。そこで、福田がそのメモの提示を求めたところ、同原告から数枚のメモの提示があったので、福田がそれを見ると、メモ用の小さな用紙に平成四年三月二四日から同月二九日までの売上金額が記載されたメモ(以下「売上メモ」という。)であった。

その間に、原告恵美子は、ベッドのそばに置いてあったと思われる箱か平たい籠のような入れ物をベッドの隅に隠した。福田が、原告恵美子にその入れ物の提示を求め、その中身を確認したところ、仕入れに関する納品書や請求書が入れてあった。原告恵美子は、さらに、ホーム炬燵の上にあったと思われる売上に関するメモ(便箋のような用紙に、平成四年一月から同年三月までの間の京都店及び唐崎店の日々の売上が記入されたもの。以下「売上集計表」という。)を隠そうとしたので、福田は、「何でも隠そうとせずに、ありのまま見せてもらえませんか。」、「ほんとうのことを言ってください。このメモはあなたが作成したものですか。」等と質問すると、原告恵美子は「はい、そうです。」と答えた。

その時、訴外日出子と沼田、竹森、田村及び中野の四人もほとんど同時に二階に上がってきていた。

沼田は、原告恵美子らに対して、売上メモの説明を求め、「毎日、売上から引いている金額は何ですか。」と質問すると、原告恵美子は「それは釣り銭です。」と答えたが、さらに沼田が「釣り銭の金額が毎日違うのはどうしてですか。」と質問すると、原告恵美子は無言であった。また、沼田は、三月二三日以前の売上メモについて質問したが、原告恵美子から、「破りました。」との応答があった。

一方、沼田らは、訴外日出子らが当初、二階には帳簿書類は一切置いていないと申し立てていたにもかかわらず、実際には仕入れ関係の伝票類や売上メモなどがあったことから、さらに同所には事業に関する証ひょう類や帳簿書類が保管されているのではないかと判断し、「部屋の中のものを確認させていただきますよ。」と断わった後、二階にあったタンスやベッドの下の引出しの中などを検査したところ、タンスの上に置いてあった丸い空き缶の中に多額の現金が入っていたこと、また、タンスの引出しの中に多数の預金通帳や有価証券の預かり証などが保管されていたこと及びベッドの下の引出しの中にバッグ二、三個と財布二、三個が保管されていたことを確認した(なお、その際、沼田らは、ベッドの下の引出しの中から下着などは断じて取り出していない。)。

この間、タンスやベッドの下の引出しの中などを検査していたことに対して、原告恵美子や訴外日出子は拒否的な態度を何ら示さなかっただけではなく、田村が三面鏡の隣りにあるタンスを開けられなかった際、原告恵美子は、「無茶苦茶せんといて、こわれるやないの。」と言って、自ら右タンスの開き戸を開けるなど右検査に協力的であった。

二階居室において、タンスやベッドの下の引出しの中を検査している間に、中野は一階に降り、若い女性従業員の立会いの下にレジの下の中を検査した。さらに、中野は同従業員にレジの中の現金の調査を依頼すると、右従業員はレジの中の現金を数えた。

その後、中野は、右レジの下の引出しの中にノート類などが入っていたことを確認し、右引出しの中のものを二階で検査するために、その引出しを二階に持って上がる旨を右従業員に伝えた後、二階の上がり口まで持って上がった。

(三) 同(5)のうち、呉屋が京都店二階に上がってきたこと、沼田らが同人に対し退出を求めたこと及び沼田らがタンスなどの後片付けをせずに退出したことは認めるが、呉屋以外に京都店に来場した第三者が田中年貞南民主商工会相談役及び中村弘二ほか南民主商工会会員であることは不知。その余は、否認する。

二階で沼田らが調査をしている途中、突然呉屋が二階へ上がってきた。沼田としては、税理士資格を有しない第三者の前では調査を進めることができないので、呉屋に退席を求めたが、呉屋は退席せず、また、沼田は、訴外日出子に呉屋を退席させるよう要請したが、訴外日出子も応じなかった。その後、さらに数名が二階へ上がってきたので、これ以上調査を続けることができないと判断し、沼田らは、京都店を退出した。

3  請求原因2(二)について

(一) 請求原因2(二)(1)及び(2)のうち、平成四年三月三〇日午後一時ごろ、平島、福知及び若林の三名が、原告正治の所得税調査のために、同人の営む唐崎店に事前の連絡なしに臨場したこと、原告登代子が原告正治が不在であると答えたこと、平島が身分証明書を見せたこと及び平島らがレジの引出しの中やゴミ箱の中を検査したことは認めるが、その余は否認する。

平島が身分証明書を提示し、原告正治の行方を尋ねると、原告登代子から大阪へ仕入れに行ったとの返事であり、原告正治への連絡は無理ということだった。そこで、平島は、原告登代子に税務調査への協力を要請し、レジ付近ではなく、別の場所へ移動するよう原告登代子に示唆したが、原告登代子から「レジが打てなくなる。」という応答があった。そのため、平島は、その場でレジの管理などについて原告登代子に質問していた。

(二) 同(3)のうち、訴外若林が唐崎店の女性の従業員に質問し、同女のバッグの中を検査したことは認めるが、その余は否認する。

平島がレジの管理などについて原告登代子に質問していたところ、従業員と思われる女性がバッグを抱えてレジの横へやってきたので、平島が原告登代子に尋ねると、従業員である旨の応答があった。平島は、右バッグに事業に関連のある資料が入っているかもしれないと判断し、「そのバッグの中を確認させていただきたいのですが。」と申し出たところ、右従業員は「どうしてもとおっしゃるのなら勝手に見てください。」と、バッグのファスナーを開け、レジの横に置いた。そこで、若林が再度確認して、若林が右バッグの中を検査したが、すぐにバッグを右従業員に返還した。

(三) 同(4)ないし(6)のうち、平島が原告登代子に売上の確認方法やレジの操作などについて質問したこと及び原告登代子のバッグの中を検査したことは認めるが、その余は否認する。

その後、原告登代子から「主人に連絡させてください。」との申し出があったので、平島は「ご主人に連絡が取れるのでしたら、ぜひ、そのようにしてください。」と答えた。そこで、原告登代子が大阪の仕入れ先と思われるところに、架電した後、しばらくして原告正治から電話があったので、平島が原告登代子に代わって電話に出て、原告正治に対し調査への協力を要請したところ、原告正治はこれに応じた。

また、平島が原告正治らの取引銀行について原告登代子に質問したところ、原告登代子から取引銀行名とその取引銀行の預金通帳が原告登代子のバッグに入れてある旨の応答があったので、平島は、カバンの確認方を原告登代子に申し出た。これに対して、原告登代子は、個人のプライベートなものを先に取り出した後、バッグを平島に差し出した。そこで、平島は右バッグの中を検査し、預金通帳を確認した後、そのバッグを原告登代子に返還した。さらに、平島は、毎日の売上金額とレジペーパーとの照合について質問し、その照合が適正になされているか確認をする必要があると判断したので、レジの小計を出してもらうよう原告登代子に依頼したところ、当初、同女は「レジペーパーを出したら、レジが打てなくなります。」と答えたが、平島が「新しいロールを入れて続きを打つようにしてください。」と再度依頼すると、同女は承諾し、レジを一旦締め、レジペーパーを取り出した。平島らは一応その内容を確認した。

その後、右店舗内に民商の者と名乗る男から電話がかかり、平島が電話にでると「早く帰れ。」と言った。そして、「奥さんに代われ。」と言ったので、原告登代子に受話器を渡した。その際、平島が電話で応対している時に、原告登代子が「もう一度、身分証明書を見せてください。」と申し出たので、平島らはそれぞれ身分証明書を提示した。

しかし、電話での応対が終わってから、原告登代子の態度は強硬となり、「今日は帰ってください。」と繰り返すようになったので、平島はこれ以上調査を進めることが困難であると判断し、他の職員らとともに唐崎店を退出した。

4  請求原因2(三)について

請求原因2(三)(2)のうち、平成四年四月二七日に、平島と沼田が原告正治を尾行したことは、認める。

5  請求原因3について

(一)(1) 請求原因3(一)(1)のうち、所得税法二三四条に定める質問検査権に基づく税務調査が任意調査であることは認めるが、調査に応ずる義務が納税者の自由な意思に委ねられなければならないとする主張は争う。質問検査権の性格及びこれを行使するに当たって用いるべき注意義務の内容に関する原告らの主張については一般論としてはおおむねこれを認める。

また、税務運営方針が税務調査について原告ら主張のとおり規定していることは認め、その趣旨についてもおおむねこれを認める。

その余は争う。

同(一)(2)は、否認ないし争う。

(2) 同(二)は、すべて争う。

(二) 本件税務調査の適法性

(1) 原告正治が不在であるのにあらかじめ計画的に原告店舗に臨場して共同して(調査を)行ったこと

原告らは、「職員らが、原告正治が不在であるのに予め計画的に原告店舗に臨場して共同して行った」旨主張するが、原告正治本人が当日不在であったことは、職員らが原告正治の店舗に臨場して初めて判明したことであるから、原告らの主張はその前提において既に失当であり、また、税務調査における質問検査権の行使については、税務職員の合理的な裁量に委ねられているのである。すなわち、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、これを権限ある収税官吏の合理的な選択に委ねたものと解するのが相当である。

よってこの点に関して何ら違法は存しない。

(2) 原告らや家族らの意に反するまま、あたかも強制調査のように誤信せしめて調査を行ったこと

原告らは、「原告らや家族の意に反するまま、あたかも強制調査のように誤信せしめて調査を行った」旨主張するが、前記2(一)において主張したように、本件税務調査が強制調査のように装って実施されたことはなく、また、右税務調査が「原告らや家族の意に反するまま」進められたこともないから、職員らの行為及び発言に何ら違法な点はない。

(3) 京都店二階に侵入したこと

原告らは、沼田らが「京都店二階に侵入した」と主張するが、前記2(一)において主張したように、沼田らが訴外日出子に事業の概要や帳簿書類などについて質問している際に、原告恵美子が突然、二階に上がって行ったため、福田もこれに従い二階に上がったのであり、また、沼田、竹森、田村及び中野も、訴外日出子とともに二階に上がったのであるから、決して「侵入」したということにはならない。

すなわち、訴外日出子らは、当初、二階には帳簿書類は一切置いていないと沼田らに申し立てておきながら、実際には同所に売上メモや仕入れ関係の納品書などを保管しており、さらに、右売上メモ等を原告恵美子が隠匿しようとしたのであるから、これらの事情にかんがみ、沼田らは、質問に対する、訴外日出子らの答弁が正しいものであるかどうかを確認するために、二階の居室内において検査を実施する必要があった。

したがって、沼田らの行為は適正な質問検査権の範囲内のものであり、その行使に何ら違法はなく、「原告恵美子が、不安にかられて二階にある仏壇を拝もうと考え、店舗内奥の二階への階段下入口に設置されていたアコーディオンカーテンを開けて中へ入り、このアコーディオンカーテンを後ろ手に閉めて階段を上がって二階へ行った。」とする原告らの主張は、明らかに事実に反している。なお、原告らは「沼田が、原告恵美子がメモらしいものを手に持っているのを見るや、……無理やりもっていたメモを取り上げた」旨主張するが、原告恵美子が二階へ上がった時に手に何を持っていたのかは、原告らが確認し、具体的に特定できるのが当然であるにもかかわらず、「メモらしいもの」という表現を用いること自体極めて不自然であり、前記2(二)において被告が主張した売上メモ又は売上集計表を、原告恵美子が隠そうとした事実を糊塗しようとしているものと解するほかない。

(4) 原告恵美子らのタンスの引出し及び同女の下着等を掻き回したこと

原告らは、沼田らが原告恵美子の下着等を掻き回す行為をしたとしているが、そのような事実は全くない。また、原告恵美子らのタンスの引出しの中の検査を行った行為は、前記2(二)において主張したように、沼田らの質問に対して、訴外日出子らの答弁が正しいかどうかを確認するため及び原告恵美子の不自然な行動に係る隠匿物等を把握するために必要があったのであり、さらに、右行為は訴外日出子らの同意に基づいて実施されたものであるから、何ら違法な点はない。このことは、田村が、タンスのひとつを開けられずにいると、原告恵美子が右タンスを自ら開けていることからも明らかである。

したがって、「沼田らの行為は、誰のいかなる承諾もなく、あたかも強制調査であって、これに反対するとどのような目にあうかも知れないと原告恵美子らに思わせる状況の中で続けられた。」とする原告らの主張は、全くその根拠がないものであり、失当というほかない。

(5) 原告登代子や訴外寺本が拒むのを無視して同女らの私物であるバッグを開けて中身を調べたこと

原告らは、原告登代子や訴外寺本が拒むのを無視して平島らが同女らの私物であるバッグを開けて中身を調べたと主張するが、前記3(二)及び(三)において主張したように、平島らは同女らの承諾を得た上、同女らのバッグを検査したものであるから、何ら違法な行為といえるものではなく、原告らの主張は明かに事実に反している。

(6) 家族らの求めを無視して、何の承諾も得ずにレジの金銭等を調査したこと

原告らは、竹森が何の承諾も得ずにレジの金銭等を調査したと主張するが、竹森はレジの金銭の調査はしていない。そして、前記2(二)において主張したように、京都店においてレジの金銭等を調査したのは中野であり、同人は、若い従業員の立会いの下に、右従業員の同意を得てレジの金銭等の調査を実施したのであるから、原告の主張は、全く的外れなものであり失当である。

また、唐崎店においては、前記3(三)において主張したように、平島らは原告登代子の同意に基づいてレジの調査を実施したのであるから、「何の承諾も得ずに」調査したという原告らの主張は明かに事実と反するものであり、平島らの行為に何ら違法な点はない。

(7) 身分証明書の提示を求められた訴外若林がこれを提示しなかったこと

前記3(三)において主張したように、若林は、原告登代子の身分証明書の提示の要求に対して適正に提示しているのであるから、原告らの主張は明かに失当である。

(8) その後の違法行為について

原告らは、沼田、平島らが、仕入れに向かう原告正治を追跡していた行為が違法な行為であると主張するが、右行為は、本件調査の後、税務職員らが何度も原告正治に対し調査協力及び帳簿提示要求を行ったにもかかわらず、原告正治が本件調査の抗議に終始し、結果として全くこれに応じなかったため、やむを得ず仕入れ先を把握するために取った行為であり、違法ではない。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者等)について

争いのない事実並びに証拠(証人北村日出子(以下「証人日出子」という。)、原告正治本人、同恵美子本人及び同登代子本人)によれば、請求原因1(一)の事実は認められる。

また、証拠(証人日出子、原告恵美子本人及び同登代子本人)によれば、原告恵美子及び同登代子は、原告正治の青色事業専従者となっており、原告正治不在時には、原告恵美子及び訴外日出子が京都店の、原告登代子が唐崎店のそれぞれ責任者的立場にあることが認められる。

同1(二)については、当事者に争いがない。

二  請求原因2について検討する。

1  同2(一)(京都店における違法行為)について

争いのない事実、証拠(甲八、検甲一ないし四八、証人日出子、原告正治本人、同恵美子本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の(一)ないし(五)の各事実が認められる。

(一)  平成四年三月三〇日午後〇時五五分ころ、沼田らは、京都店に原告正治の税務調査のため臨場し、応対に出た訴外日出子に対し、同店の中央のレジ付近において、沼田が身分証明書を提示して、原告正治が在宅かどうか尋ねたところ、原告正治は不在である旨の応答があった。その後、どちらが誘ったのか証拠上断定し難いが、両名は店の奥の方へ移動して、沼田は、訴外日出子に対して、従業員数、店舗数、外部販売の有無等について質問し、同女はこれに応答した。この間、同店にいた客数名が同店内から出ていった。

原告らは、右の経過の中で、沼田は大声で下品な口調で話したと主張し、それに沿うかのような証人日出子の証言も存するものの、証人沼田はこれを強く否定する供述をしており、他に的確な証拠のない本件においてはこの点は真偽不明に帰着するものといわざるを得ない。

また、原告らが、沼田が訴外日出子に対して、身分証明書を示して、「これがあったら何でもできるんや。」と申し向けた旨主張する点も、右と同様に真偽不明としかいいようがない。

(二)  沼田は、京都店二階が住居部分となっていることを知るに及び、訴外日出子に対し、調査のため二階へ上がらせて欲しい旨再三に亘って説得を試みたが、日出子は拒否していた。そのとき、不意に原告恵美子が二階へ上がって行ったので、それを見つけた沼田は、不審を感じて自らも二階へ上がって行き、沼田に続いて福田も二階へ上がって行った。

この点に関して、被告は、原告恵美子に続いて二階へ上がったのは福田であり、原告恵美子が二階へ上がるのを見た沼田が福田に目配せして、福田が後を追ったものと主張し、それに沿う証人沼田及び同福田の証言が存する。沼田証言によれば、福田が二階へ上がった後も訴外日出子に対する質問を継続していたというのであるが、原告恵美子が二階へ上がる時には、沼田と訴外日出子の問答は、二階へ上がらせてほしいという押し問答の繰り返しであったのであり、福田に目配せをして二階へ上がるよう指示しながら、同じ問答を繰り返していたというのは不自然であること、福田証言によれば、福田が二階へ上がった後、原告恵美子が売上メモ、籠の中の納品書及び請求書、売上集計表と次々と隠蔽工作をしているにもかかわらず、応援をその途中で呼んでいないというのであって不自然であることから、証人沼田、同福田の右供述部分はにわかに措信し難く被告の右主張は採用できない。

(三)  沼田及び福田が、二階へ行くと、二階では原告恵美子がコタツの上に置いてあった売上メモを握りしめていたので、沼田ないし福田が右売上メモの提示を原告恵美子に求め、右売上メモの紙片を持ったところ、原告恵美子は右メモから手を離した。

この点、原告らは、原告恵美子が売上メモを手にしたところ、沼田が原告恵美子から売上メモをひったくるようにして取り上げたと主張し、右主張に沿う原告恵美子本人尋問の結果が存するが、原告恵美子は、仏壇を拝むために二階へ上がってきたと供述するにもかかわらず、まず、コタツの上の売上メモに手をやったというのは不自然な行動であり、日出子も今まで急に仏壇を拝むような事はなかったと証言しているところに鑑みると、原告恵美子の仏壇を拝みに行くために二階へ上がったという供述は単なる言い訳に過ぎないと解されるのであり、原告恵美子の右供述部分は措信し難いものであり、原告らの右主張は採用できない。

ただ、沼田ないし福田の売上メモ提示要求は、調査に臨んでいる税務職員の立場からみれば、訴外日出子より二階へあがることを再三拒否され、また同女からは、二階には店の営業に関する物は置いていない旨聞かされていたにもかかわらず、やはり原告恵美子が隠ぺいしようとしていると感じられたであろうことは想像に難くなく、急いで二階へ原告恵美子を追ってきたこともあり、相当に強硬な提示要求であったものと推認するのが合理的である。

(四)  その後、沼田らは、原告恵美子が同じくコタツの上に置いてあった売上集計表を隠そうとしたので取り上げ、さらに、箱様の籠の中に入っていた納品書及び請求書類を発見し、二階にあったタンスやベッドの下の引出しの中などを検査したところ、タンスの上に置いてあった丸い空き缶の中に多額の現金が入っていたこと、また、タンスの引出しの中に多数の預金通帳や有価証券の預かり証などが保管されていたこと及びベッドの下の引出しの中にバッグ二、三と財布二、三個が保管されていたことを確認した。タンスやベッドの引き出しを検査した際、沼田らは、ベッドの下の原告恵美子の下着が入っている引き出しもかき回した。

この点につき、原告らは、原告恵美子が売上集計表を隠したりしていないと主張し、被告は、原告恵美子は納品書及び請求書の入っていた籠も隠そうとしていたし、タンスや引き出しの検査については、竹森が「部屋の中を確認させてもらいますよ。」と声をかけて検査を始めたし、原告恵美子の下着類をかき回したりしていないと主張するので、それぞれ検討する。

まず、原告らの主張については、これに沿う原告恵美子本人尋問の結果が存するものの、前記理由から原告恵美子の供述は措信し難く、原告らの右主張は採用できない。

次に、被告の、原告恵美子が籠も隠そうとしていたとの主張であるが、右主張に沿う証人福田の証言が存するものの、原告恵美子がコタツの上の売上メモや、納品書及び請求書の入っている籠を隣室のベッドの隅に隠すという一連の行為は、二階に福田のみしか上がっていないことを前提にしたものであり(なぜならば、複数人が二階へ上がってきているのならば、ベッドの方へ行った原告恵美子を監視しているはずであり、原告恵美子が距離的に離れた二個の行為を行うことは非常に困難であるからである。)、前記認定のように福田一人が二階へ上がってきたわけではないので、右福田証言も措信し難く、被告の右主張は採用できない。

また、被告は、タンス及びベッドの下の引き出しの検査について、竹森が原告恵美子に「部屋の中を確認させてもらいますよ。」と声をかけて、黙示の同意を得たと主張し、右主張に沿う証人沼田及び同福田の証言も存するものの、そもそも興奮状態で二階へ上がってきたと推察されるうえ、原告恵美子の隠蔽行為を現認した本件において、「部屋の中を確認させてもらいますよ。」といった丁寧且つ悠長な言葉使いを竹森がしたとは考えにくく、二階へ上がる際にも訴外日出子から再三に亘り拒絶されていたにもかかわらず、なんの断わりもなしに、二階へ上がってきた沼田らの一連の行為態様からすれば、このときのみ丁寧な言葉で原告側の承諾を得たものとは考え難い。よって、右沼田及び福田の各証言部分は措信し難く、右被告の主張は採用できない。なお、被告は、原告恵美子らの同意があったことを裏付ける事実として、原告恵美子がタンスの開き戸を進んで開けた旨主張するが、これについては、田村にタンスを壊されるかと思って自分で開けたものであって、沼田らの調査に協力したわけではない旨の原告恵美子の弁解が存し、右弁解は不合理でもないので、原告恵美子がタンスの開き戸を開けたからと言って、原告恵美子が沼田等の調査を承認していたことの証左にはならない。

さらに、被告は原告恵美子の下着をかき回していない旨主張し、右主張に沿うかのような沼田及び福田の証言は、伝聞や記憶が曖昧であるなど信用性の乏しいものであり、沼田らの行為態様からすれば、原告恵美子がまだ何かを隠していると見て、徹底的に調査したとも考えられるのであり、右沼田及び福田証言は措信し難い。

(五)  二階で右調査が行われているころ、竹森または中野が一階へ降りて、京都店のレジの金銭調査を行った。その場にいた従業員の承諾を得た調査かどうかは必ずしも明らかでないが、右調査は原告恵美子及び訴外日出子の承諾を得ていないものであった。

2  請求原因2(二)(唐崎店における違法行為の有無)について

争いのない事実、証拠(甲九、一〇、一六、検甲四九ないし六五、証人寺本久美子、同平島芳章、原告正治本人、原告登代子本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の(一)ないし(三)の各事実が認められる。

(一)  京都店と同じ平成四年三月三〇日午後一時ころ、平島、福知及び若林の三名が唐崎店に臨場したが、事前の連絡はなく、突然の臨場であった。そのとき原告登代子はレジから離れて店の中央付近にいたが、平島が原告登代子が原告正治の妻であるのを確かめたうえ、身分証明書を提示して、原告正治がいるかどうかを尋ねた。これに対して、原告登代子は原告正治が不在であること、連絡が取れないことを平島に告げた。そこで、平島らは原告登代子に対して質問することによって税務調査を行うこととし、場所を店の出口付近の隅にあるレジ付近に移動させて原告登代子に対する調査を継続することとなり、原告登代子の承諾の下、レジの下の引き出し及びレジ付近の屑入れの検査を行った。

この点、被告は、原告登代子は当初からレジ付近にいたと主張し、また、原告らは、レジ下の引き出し及び屑入れの検査は原告登代子に無断で行われたものであると主張するので検討する。

まず、被告の主張であるが、これに沿う証人平島の証言が存するものの、平島証言によると、その後もレジ付近にいたのは、原告登代子が「他にレジを打てる人がいないので、離れると困る。」旨回答したからであるというが、原告登代子本人尋問の結果によると、レジを打てる者は原告登代子に限らないし、原告登代子も店舗の中で持ち場が決まっており、レジに張り付いているものではないのであるから、右平島証言はにわかに措信できず、右被告の主張は採用できない。また、原告らは、レジの下の引き出しと屑入れの検査において、原告登代子の承諾がなかったと主張し、これに沿う原告登代子本人尋問の結果が存するものの、原告登代子本人尋問の結果によれば、平島は、「大阪国税局の者です。調査に来ました。ご主人はいらっしゃいますか。」、「ご主人に連絡をとってもらえませんか。」、「調査に協力していただけますか。」といった丁寧な物腰であったというのであり、急に豹変し原告登代子の承諾なしに検査を始めたとは考えられないし、また、それだけの価値があるとも思われないこと、原告登代子は「やめて下さい。」と何度も言ったと供述するが、右検査が特にプライバシー侵害を招来するものではないことや、その後の同女の態度からして、何度も「やめて下さい。」と言ったとは思えず右原告登代子本人尋問の結果はにわかに措信し難く、原告らの主張は採用できない。なお、平島らが無断で右検査を行わなければ、レジの方へ平島らが移動していったのが説明できないようであるが、レジの方へ平島ら及び原告登代子が移動したのは、その意図を察した原告登代子が、他に適当な場所もないため、比較的人目につきにくいレジ奥のコーナーへと、平島らを案内したためと認められる。

なお、原告らは、平島が、原告登代子に対して、身分証明書を提示しながら「これがあれば何でもできる。協力しないともっとすごいことになる。協力したほうが身のためだぞ。」と言ったと主張し、それら沿う原告登代子本人尋問の結果も存するけれども、その供述によれば、右平島の言辞は、原告登代子が平島らのレジ下の引き出し及び屑入れの検査を止めさせようと「やめて下さい。」と頼んでいるときに言われたものということであり、前記のように、その前提としての平島らの調査に対する拒否が窺えないものであり、右供述部分は措信し難く、原告らの右主張は採用できない。

(二)  午後一時二〇分ころ、パート従業員である訴外寺本が昼食から戻り、訴外寺本の私物であるバッグをレジの奥に置こうとしたところ、レジ付近に平島らがいて様子がいつもと違うので、そのまま化粧を直すために奥の方へ行ったが、レジの方も気になるのでまた戻ってきたりしていた。そうこうするうちに、若林は訴外寺本のバッグを見つけ、「それは何や、見せろ。」と詰問し、訴外寺本は繰り返し拒否したが、若林は強引にバッグを取って中を開け、在中物を調べた。そして中にあった手帳まで取り出して頁をめくって見始めたので、訴外寺本が「私のや。」と言って若林の手からバッグと手帳を取り返した。

この点に関し、被告は、訴外寺本の承諾を取ってバッグの中身を調べたと主張し、これに沿う証人平島の証言が存するものの、平島らは寺本に対して身分証明書を提示しておらず、訴外寺本が平島らの身分や目的を察知していたとも窺えず、説得するにしても納得の行く説得ができなかったと思われること、訴外寺本のバッグの調査の趣旨が事業に関係のある物がないか調べるため(銀行等の用事の帰りかと思ったという。)であるのに、訴外寺本の手帳までも調べており、調査についての合理的説明がつかないことから、右平島証言はにわかに措信し難く、右被告の主張を採用することはできない。

(三)  その後、原告登代子から「主人に連絡させてください。」との申し出があったので、平島はこれを了承し、原告登代子が大阪の仕入れ先と思われるところに架電した後、しばらくして原告正治から電話があったので、平島が原告登代子に代わって電話に出て、原告正治に対し調査への協力を要請した。その後、原告正治は、平島には諾否を明かに言わないまま、再び電話に出た原告登代子に「早く帰ってもらえ。」と指示しただけであったので、原告登代子は平島らに格別の申し出もしなかった。

また、平島が、レジ横の棚にあるバッグが原告登代子のものであることを知って、その確認させてほしい旨を原告登代子に申し出たところ、原告登代子は、個人のプライベートなものを先に取り出した後、バッグを平島に差し出した。そこで、平島は右バッグの中を検査し、預金通帳を確認した後、そのバッグを原告登代子に返還した。

さらに、原告正治との電話の後、平島は、レジの小計を出してほしい旨を原告登代子に依頼したところ、原告登代子は点検キーを入れてレジの小計を出し、また、平島は、現金とレジスターの中に入っているレシートの確認を原告登代子に頼み、原告登代子がレジスターの中のロール紙を取り出して平島に渡し、現金との照合をしていた。この途中に、民商の者と名乗る者から右店舗に電話があり、「早く帰るよう。」平島に言った後、原告登代子が電話に出た。右電話後、原告登代子は平島らに改めて身分証明書の提示を求めてこれを確かめたうえ、平島に「もう帰って下さい。」と強く言って、調査協力要請を拒否するようになったので、平島らはその日の調査を終え、退出していった。

この点、原告登代子本人尋問結果中には、レジペーパーを見せるようにいわれ、その後、点検キーを入れるように言われ、どうしてよいかわからないので原告正治への連絡を依頼する電話を仕入先にしたあと、原告正治から電話が掛かってくる前に民商の東から電話がかかり、職員の名前と身分証明書を確認するように言われ、次いで原告正治からも電話がかかった、その後点検キーを入れ、金銭調査をして、原告登代子のバッグを調べられて、最後に民商の坂本から電話が掛かってきてようやく平島らが帰ったという供述があるけれども、その供述によると、職員の名前と身分証明書を確認するように教えられてから、実際に確認するまで、時間的間隔が開きすぎていること、点検キーを入れる話が出た後に原告正治と電話しているのに、何ら具体的な話しをしていないことなど不可解な点があり、右原告登代子本人尋問の結果はにわかに措信し難く、右原告の主張は採用できない。

3  その後の不法行為について

(一)  証拠(検甲五八ないし六一、原告正治本人)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因3一の事実のうち、国税調査官らが、本件調査後も一〇回程度唐崎店に臨場したことが認められ、これに反する証拠はない。

しかし、原告らが主張するように納税者本人の留守を承知であえて女性店員ばかりのところへ押しかけたこと、あるいは、平成四年六月五日に、「六月一一日までに帳簿の提示がない場合には青色申告の承認を取り消す。」旨の「注意書」を店内で、客のいる前で大声で読み上げたことについては、これを認めるに足る証拠がない。この点、甲三号証(通知書、原告正治作成)が存するけれども、甲三号証は、本件調査及びその後の一連の国税調査官らの行為に対する抗議文であって、これには本件調査における違法行為について本件訴訟における原告らの主張のとおりのことが記載されているが、これらの主張は、前記1、2認定のとおり、全てが事実として認められるものではなく、よって、甲三号証の信用性は乏しいものであり、他に証拠がない以上、これらの事実を認めることは出来ない。

(二)  証拠(甲一七、証人沼田、同平島、原告正治本人)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因3二の事実が認められ、これに反する証拠はない。

三  国税調査官らの行為の違法性

1(一)  本件における国税調査官らの行為は、所得税法二三四条一項に規定されている質問検査権を行使したものであって、右質問検査権は、職員の質問に対して答弁をせず若しくは偽りの答弁をし、又は検査を拒み、妨げ若しくは忌避したことに対して一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処せられる(所得税法二四二条八号)という制裁の下に、相手方は質問検査を受忍することを間接的心理的に強制されているものであって、ただ、相手方において、あえて質問検査を受忍しない場合は、それ以上直接的物理的に強制し得ないという意味において「任意調査」とされているものである。したがって、相手方があえて質問検査を受忍しない場合には、その相手方の意向に反して税務調査することができないのは当然であり、そのようにしてなされた税務調査が違法であることも論を待たない。

(二)  また、質問検査権は、かかる間接的心理的強制を伴うものであるから、その質問検査権の行使についても限界が存するものであるが、所得税法二三四条一項は、「……所得税に関する調査について必要があるときは、……質問し、……検査することができる。」と規定しているところ、当該調査の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合に、調査の一方法として質問及び検査を行う権利を認めた趣旨であるので、質問検査権の行使に関しては、質問検査の必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度に止まる限り適法であると解される。

これを本件における税務調査についてみると、原告正治については、平成四年一二月に、所得税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分等が行われており、本件調査当時、原告正治の所得内容を把握する必要があり、質問検査権行使の必要があったものと言い得る。

(三)  ところで、本件において、原告は、本件税務調査について、事前通知の励行がなかったこと、課税対象者以外の者に対して質問検査権を行使している点に違法が存すると主張するので、検討する。

まず、事前通知に関してであるが、税務調査の円滑な遂行という観点からは予め事前通知をしておいて、納税者の理解を得るのが望ましいことは言うまでもないが、法文上も事前通知を要求していないし、事案によっては、事前通知をしていては調査の目的を達しえない場合も予想され、また、事前通知を励行しないことによる納税者側の損失は、事前通知がなされないことによって事前準備が出来ないということに尽き、その他質問検査の対象、内容については事前通知を励行した場合と異なるところはないから、事前通知がないとの一事をもって社会通念上相当性を逸脱したものと評価することはできない。国税庁作成の税務運営方針も「事前通知の励行に努め……」とのみ書かれているのであり、個々の事案において事前通知を行うかどうかは、当該事案の具体的事情を踏まえた税務職員の合理的判断に委ねられているというべきである。

よって、本件において、事前通知を励行しなかったことをもって本件税務調査が違法であると断ずることはできない。

次に、課税対象者以外の者に対する質問検査権の行使であるが、質問検査権行使の対象者を納税義務者本人に限定すると、納税義務者本人が不在の場合(事前通知がなされようがなされまいがこのような事態が生ずることは考えられる。)には、質問検査権の行使が全く出来なくなる等、場合によっては、業務の実態の正確な把握ができなくなる恐れを生じ、質問検査の実効性が失われる結果を招来することになるし、また、納税義務者本人に限らなくても、別段納税義務者本人に不利益を課すことになるものでもないから、質問検査権行使の相手方は、納税義務者本人に限らず、その業務に従事する家族、従業員等をも含むものと考えられる。

本件においては、国税調査官らの質問検査権行使の相手方は、原告正治の事業に従事する家族及び従業員であって(前記一)、右質問検査権行使の相手方の範囲内にあると言え、この点をもって違法ということはできない。

(四)  しかし、質問検査権の範囲を超えた違法な税務調査をするために意図的に事前通知をせず、または、納税義務者本人の不在を狙って、ことさらに強制調査のごとく誤信させて調査を進めようとして臨場した場合には、場合によっては社会通念上相当性を逸脱するというべきであり、原告らの主張は、本件がこのような事例に該るというものである。

本件においては、原告正治以外に事業に従事する者は、皆女性であり、また、客層も女性が多いと思われる店舗に背広姿の男性が五名ないし三名で臨場したことから、納税義務者本人である原告正治不在(二店舗あるので、二店舗同時に臨場すれば、どちらかは原告正治不在であることは予め分かっていた。)の場合、国税調査官らの臨場に対して、普通以上に畏怖、萎縮することも考えられないではない。しかし、沼田も平島も、原告正治各店舗に臨場した際、最初に、原告正治が店にいるかどうかを確認しており、居ないと分かると、原告正治への連絡方を訴外日出子及び原告登代子にそれぞれ依頼していること、どちらか一方の店舗に原告正治が居れば、他の一方の店舗は、原告正治の居る店舗と連絡をとりあってやっていけると思っていたこと(証人沼田、同平島)、また、平島は、原告正治との電話のやり取りで、原告正治に対して、仕入れを止めて直ぐに帰ってくるように要請していたこと(原告正治本人、同登代子本人、証人平島)が認められるのであって、国税調査官らが、当初、原告正治自身に対して質問、検査しようという意図を有していたことが認められるのであるから、原告らの右主張を採用することはできない。

2  個々の行為の違法性について

(一)  京都店について

(1) 沼田らが二階に上がるまでの訴外日出子に対する質問について

この点について、原告らは、沼田らが、あたかも強制調査と誤信させて税務調査を訴外日出子に容認させようとしたことに違法性があると主張する。この、強制調査と誤信させる要因として、原告らは、女性だけの店内に男性五名が臨場したこと、沼田が大声で下品な口調で日出子に対して質問したこと、沼田が身分証明書を日出子に見せて、「これがあれば何でも出来る。」と申し向けたことを主張するが、沼田が大声で下品な口調で日出子に対して質問したことと、沼田が身分証明書を日出子に見せて、「これがあれば何でも出来る。」と申し向けたことについては、そのような事実が認められない(前記二1(一))し、女性だけの店内に男性五名が臨場したことは認められるが、前記二1(一)認定のように、沼田らは、原告正治の在宅を期待して京都店に臨場しており、最初から女性ばかりの店に臨場する意図は有した訳ではないこと、また、現実には、質問を受けた訴外日出子自身、沼田から、二階へ上がることの承諾を求められたけれどもずっと拒否し続けていたのであって、強制調査と誤信したとは考えられないことからすると、沼田らの行為は、社会通念上相当の範囲内にあるものと考えられ、適法である。

(2) 沼田らが、二階部分へ侵入した行為について

① 前記二1(二)において認定した事実によると、沼田が、訴外日出子に再三に亘り二階部分へあがらせるように説得し、訴外日出子がその要求を拒否していた際、原告恵美子が突然二階へ上がっていったので、それに引き続いて沼田も二階へ上がって行ったものであり、その際沼田が、原告恵美子ないし訴外日出子から二階へ上がることの承諾を得ていないことが認められる(仮に、被告主張のように、沼田の目配せを受けた福田が、「二階へ上がらせてもらいますよ。」と声をかけて二階へ上がり、それに対して、原告恵美子も訴外日出子もこれを制止しなかったとしても、それまで、沼田が訴外日出子に対し再三に亘って二階へ上がらせるよう要求したにもかかわらず、訴外日出子は右要求を拒否し続けていること、二階部分は居住部分であり、プライバシーの保護がより重要視されるところであり、ましてや、女性二人の居住部分であり、見知らぬ男性の臨場を好ましからざるものと思っていたであろうこと考えると、福田が「二階へ上がらせてもらいますよ。」と声をかけて、これに対して原告恵美子や訴外日出子が制止しようとしなかったからといって黙示の承諾があったものと見ることはできない。)。

このように居宅部分である二階へ上がる行為は、質問検査権が、罰則の制裁によって、相手方は質問検査を受忍することを間接的心理的に強制されるだけで、相手方において、あえて質問検査を受忍しない場合は、それ以上直接的物理的に強制し得ないという意味において「任意調査」とされている性格から考えて、相手方の明確な承諾を要するというべきであり、沼田及び福田が原告恵美子または訴外日出子の承諾を得ないで二階へ上がって行った行為は違法といわねばならない。

② これに対して、被告は、沼田らは、原告恵美子や日出子について上がっただけであり、日出子は、当初、二階には帳簿書類は一切置いてないと沼田らに申し立てておきながら、実際には同所に売上メモや仕入れ関係の納品書などを保管しており、さらに、右売上メモ等を原告恵美子が隠匿しようとしたのであるから、これらの事情に鑑み、沼田らは、質問に対する、訴外日出子の答弁が正しいものであるかどうかを確認するために、二階の居室内において検査を実施する必要があったのであり、したがって、沼田らの行為は適正な質問検査権の範囲内のものである旨主張する。

右被告の主張は、沼田らが二階へ上がった後の事情を、二階へ上がる行為の正当性の根拠としている点においてすでに失当であるが、訴外日出子の拒否の態度や原告恵美子が突然に二階へ上がったことの不自然さから、原告恵美子が、二階にある帳簿書類等を隠ぺいしようとして上がって行ったと疑われても仕方のない状況があったとも言えるので、かかる不審点が存する場合に、被告主張のように適正な質問検査権の範囲内かどうか一応検討する。

この点、前記三1(一)のとおり、質問検査権に対して、相手方は、間接的心理的に強制を受けるに過ぎず、それ以上の直接的物理的強制を受けるものではないのであるから、質問検査権行使の範囲、方法、程度等については、質問検査の必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、税務職員の合理的選択に委ねられているというべきであるが、直接的物理的強制にわたることは許されないのであって、相手方の承諾が全くない状態で質問及び検査することはできないといわねばならない。本件においては、原告恵美子らの言動に不審点が存し、調査の必要性がある場合であったとはいえるものの、京都店二階住居部分の住人である原告恵美子または訴外日出子の承諾なく沼田らが二階へ上がったものであるので、やはり違法と言わざるを得ない。

(3) 沼田らが、二階居宅部分で行った調査について

前記二1(三)、(四)において認定したように、沼田らの行為は、売上メモを提出させたこと、売上集計表をとりあげたこと、箱様の籠の中に入っていた納品書及び請求書を発見したこと、承諾なしにタンスやベッドの引き出しを検査したことが認められる。

そこで、これらの行為が違法であるかどうか検討するが、売上メモの提出については、原告恵美子が提出したものであり、任意調査の範囲内であるといえるので、違法とはならない(もっとも、提出したとしても意思を抑圧された形での提出ならば、「任意」の提出があったとは言えないし、沼田らの圧迫によって提出させちれた向きも強いであろうが、原告恵美子の供述が措信し難い以上、原告恵美子に対してどのような圧力が加えられたかを認めるに足る証拠がなく、提出したという外見から判断すると「任意」に行われたものと判断せざるを得ない。)。

また、売上集計表を取り上げたこと、箱様の籠の中に入っていた納品書及び請求書を発見したこと、承諾なしにタンスやベッドの引き出しを検査したことに関しては、それらの行為はいずれも原告恵美子または訴外日出子の承諾を得ずして行われたものであって、「任意」に行われたものと言えず、違法である。

(4) 一階店舗部分における金銭調査について

前記二1(五)において認定した事実によると、右調査は、原告恵美子または訴外日出子の承諾を得ないで行われたものであり、原告恵美子や訴外日出子は原告正治の事業専従者として、京都店を任されていたものであるから、原告正治不在の場合の質問検査に対する諾否権限を有する者であったと認められるところ、右諾否権限を有する原告恵美子または訴外日出子に対して、沼田らは何ら一階店舗部分における金銭調査について承諾を得ていなかったものであるから、違法である。

(二)  唐崎店について

(1) レジ下の引出し及びゴミ箱の調査について

前記二2(一)において認定した事実のとおり、レジ下の引き出し及びゴミ箱の調査は原告登代子の承諾下において行われている。ただ、右承諾が、平島らの圧迫による瑕疵ある承諾であるかどうか検討する。

この点、原告らは、平島らが、原告登代子をわずか一平方メートルしかない狭いレジ付近から動けぬようにして、大声を出し、「これがあれば何でもできるんや。調査に協力しないともっとすごい事になる。」等と言って、あたかも強制調査であるかのようにして、調査を進めたと主張するが、平島らが、大声を出し、「これがあれば何でもできるんや。調査に協力しないともっとすごい事になる。」との趣旨を言った事実は認定できないし、平島らが、原告登代子をレジ付近に移動させたこと、レジ付近がわずか一平方メートル程度しかスペースがないことは認められるものの、唐崎店がスーパーマーケットの一角にあって、開放されたスペースとなっていること、店内にも他に従業員や客がいたことから考えても、原告登代子が平島らの圧迫に屈して右承諾を行ったという事情までは窺えないものであって、平島らの行為は社会通念上相当の範囲内にあるというべきである。

(2) 訴外寺本のバッグの調査について

前記二2(二)において認定した事実によれば、若林が訴外寺本に対して同女が所持していたバッグの検査を要求し、それを訴外寺本が繰り返し拒否したところ、若林が強引にバッグを取って中を調べたことが認められる。よって右バッグの調査は、「任意」の調査とは言えないものであるから、違法である。

また、被告の主張では、訴外寺本のバッグの検査は、事業に関連ある物が入っていないかどうかを確認するために行ったものであるところ、右確認を行うためには、バッグの内容物を覗き見れば十分であって、バッグの内容物である手帳等の中身を見る必要はないものと考えられ、また、手帳の中身は、一般に他者には知られたくないもので、プライバシー保護の要請が特に強いものであるから、若林が訴外寺本の手帳の頁をめくって調べた行為は、社会通念上の相当性を欠くものであって、違法と言わざるを得ない。

(3) レジの小計、レジペーパーの提出及びレジの金銭調査並びに原告登代子のバッグの検査について

これらの行為については、前記二2(三)において認定した事実によれば、皆原告登代子の承諾の下に行われたと認められるので、ここでも、原告登代子の瑕疵のある承諾か否かが問題となるが、前記の事情に加えて、原告登代子には原告正治からも電話が掛かってきており、原告正治と話すことによって、平島等の圧迫感が幾分か除かれたであろうことからして、原告登代子が平島らの圧迫に屈して右承諾を行ったという事情は窺えないものであって、平島らの行為は社会通念上相当の範囲内にあるというべきである。

(4) 身分証明書提示拒否について

原告らは、若林が身分証明書の提示を拒否したと主張するが、前記二2(三)において認定した事実によれば、若林が身分証明書の提示を拒否したと認めるに足る証拠はなく、よって、右主張は失当である。

(三)  その後の行為

(1) その後の唐崎店への臨場について

国税調査官らは、本件調査以外にも、唐崎店に一〇回程度、事前通知もなく臨場しており(前記二3(一))、事前通知のないこと自体は、前記における判断のようにそれ自体が違法となるものではないが、帳簿書類が置かれていない唐崎店(このことは、本件調査の結果から認識できていたはずである。)に臨場することは、その実効性に疑問が残るものであり、一〇回程度も臨場し、帳簿類の提出を促したとしても、帳簿提出を拒否している者が、回数多く来れば国税調査官らの説得に応じて帳簿類を提出するようになるものとは思われないところ、最初の二、三回については、帳簿提出のための説得的要素が強かったかもしれないが、その後の臨場は、税務調査に名を借りた嫌がらせ的な面も払拭できず、社会通念上相当性を欠く行為であって、違法である。

(2) 尾行について

沼田や平島らが、原告正治が大阪へ仕入れに向かうときに追跡調査(尾行)した事実は認められる(前記二3(二))が、仕入れ先を把握する等の反面調査の必要性があり、また、原告正治にとって、尾行されていることは不快感はあるものの、その他に保護されるべきプライバシーの侵害行為でもないので、社会通念上の相当な行為として是認することができ、違法行為に当たらない。

(四)  以上によると、本件における国税調査官らの違法行為は、京都店二階へ侵入したこと、同店二階で、売上集計表を取り上げ、納品書や請求書の入れてあった籠を見つけ出し、さらにタンスやベッドの下の引出しまで検査し、その結果、原告恵美子の下着まで取り出して調べたこと、同店一階で、原告恵美子または訴外日出子の承諾なくしてレジの金銭調査を行ったこと、唐崎店で訴外寺本のバッグの中を訴外寺本の承諾なく検査したこと、本件調査後に唐崎店に一〇回程度も臨場したことであるといえる。

四  損害について

1  原告正治関係

原告正治は、本件調査の対象者であり、その経営する京都店及び唐崎店において国税調査官らによってなされた違法調査は前記認定のとおりであるが、本件における違法調査の内容、程度、その他本件に表れた諸般の事情を総合考慮すると、原告正治に対する慰謝料は金三〇万円と認めるのが相当である。

2  原告恵美子関係

原告恵美子が受けた違法行為の内容は、前記二1(二)ないし(四)認定のとおりであるが、要するに、京都店二階の住居部分に自分や訴外日出子の承諾がないまま、国税調査官らに進入されて、タンス内部やベッドの下の引出しなどを検査されるなどしたという重大なプライバシー侵害を被っているのであって、同原告の受けた精神的苦痛が大きなものであったことは容易に推認されるところであり、これに本件に表れた一切の事情(後記3の訴外寺本に対する違法行為の点を含む。)を併せ考慮すると、原告恵美子に対する慰謝料は金三〇万円と認めるのが相当である。

3  原告登代子関係

原告登代子に関しては、平島らから何ら違法な行為を受けておらず、その損害はない。

なお、唐崎店においては、前記2(二)認定のように訴外寺本に対する違法行為が存するが、これは、経営者である原告正治の損害額判断の一事情として斟酌した。

五  結論

以上の次第であって、被告は、原告正治及び同恵美子それぞれに対し、各金三〇万円及びこれらに対する、本件不法行為が行われた日である平成四年三月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべく、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれらを認容することとし、原告正治及び同恵美子のその余の請求並びに原告登代子の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行宣言及びその免脱宣言につき同法一九六条一項、三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下司正明 裁判官角田正紀 裁判官澤田正彦)

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